MANDOO/another one (2010)
 フランス発のアダルト・コンテンポラリー・グループによるファースト・ミニアルバム。歌詞はすべて英語によるところから、そのアレンジからしてもかなりAOR系のアメリカン・ポップを意識したグループのようだ。しかし“in your arms”のようなスムース・ジャズの要素も入る所はやはりフレンチらしいセンス。無駄なアレンジを省き生楽器のみのシンプルなバックに、AORとUKアシッドのミクスチャーを白人フレンチが歌っているような、親しみ易いメロディーでありながら個性的な中性感のある音。ただオシャレなだけではない、AORへのこだわりが感じられますね。
Marc Jordan/mannequin (1978)
 ワーナー・ブラザースとの契約、ゲイリー・カッツのプロデュースに絡みドナルド・フェイゲンまでピアノで参加など、恵まれた環境でのデビューとなった本作。スティーリー・ダン陣営の仕切りでTOTOのメンバーやラリー・カールトン、そしてチャック・レイニー&ハーヴィー・メイソンの黄金ユニットらが余裕に満ちたシティ・サウンドをサポートし、その上にM・ジョーダンの気だるくも力強いヴォーカルが乗っかっていくアメリカンポップ好盤。次作の影に隠れがちですがLA録音ながらどこかNY的な小粋さを醸し出す本作もなかなか。
Marc Jordan/blue dessart (1979)
 前作から一転、脂ののりまくったジェイ・グレイドンをプロデューサーに迎え、一気に華やかなサウンドとなってヒットシンガーの仲間入りをした本作。曲も良く、アレンジはいかにもグレイドン的になっていて、AOR好きにはこれもフェバリット・アルバムに挙げられることが多い作品です。力の入り過ぎない柔らかなヴォーカルがこのバックに押されてしまいそうなほど、AORの一時代を築いた音がここにあり。
Marc Jordan/a hole in the wall (1983)
 AORブーム末期に発表された本作は、AIRPLAY,TOTO,MAXUS,PAGESの面々が名を連ねた王道バッキングによるなんとも豪華なサウンドで固められた。しかしながら、実はこの種の音楽自体が衰退の一途を辿っていた時期でもあり、いかにも日本製作と言った雰囲気が強い無個性で優等生的録音とあいまって、曲毎のレベルは高いのにそれほどまで「残る」作品ではなくなってしまった。とりわけ、リチャード・ペイジ&スティーヴ・ジョージのコーラスが素晴らしい。アルバムの完成度と言うより、キラッと光る音の粒子を見つけて楽しむAOR良盤。
Marc Sadane/exciting (1982)
 1stに引き続きエムトゥーメイ/ルーカス・プロデュースにより製作された2nd。今回はそのファミリー以外にもマーカス・ミラーやアル・マッケイといった豪華なサポートを得た勝負盤であったにもかかわらず、やはり売れずに彼は表舞台から去っていったと言うお話です。しかしながら内容は、新時代のP-ファンク的ナンバーであるタイトル曲から前作同様の粋なミディアム・ダンサー、メロウファンクなど黄金のブラック・コンテンポラリーてんこ盛り。確かにそのパワーアップした音は反面、時代の流れに合わせていかざるを得なかった感は漂っていますが、これだけの完成度なら充分。
ファースト Sadane/one way love affair (1981)コチラ
Marcos Valle/vontade de rever voce (1981)
 ボサノヴァ・コンテンポラリーアーティスト、マルコス・ヴァーリがその当時活動を共にしていたメロウ・ソウルの大御所リオン・ウエアやAOR路線時代のCHICAGOらと製作したポップ・アルバム。内容はズバリ、ボサノヴァAORとも言えるもので、節度を保ちつつアメリカナイズされた音とポルトガル語のヴォーカルが気持ち良い。この頃はアイアートの「touching you... touching me」でもセンスの良いアレンジとピアノで参加していました。こちらもおすすめです。
Marcos Valle/nova bossa nova (1997)
 「サマー・サンバ」を耳にしたことがない人はいないほどの名曲の作者ですが、ここらへんの60年代ボサはリアルタイムでは聴いていなかった(と、言うより生まれていない)のですが、私がこの人に注目したのは70年代後半からのブラジリアン・コンテンポラリーでした。リオン・ウエアやシカゴといったアメリカ製のPOPアルバムにさりげなくブラジルの味付けをしていたのがこの人。このアルバムはロンドンのクラブ・シーンで再評価された彼がまさに「今の音」で復活したもので、フュージョン的インストルメンタルを含むUKアシッド・ジャズとボサノヴァとの見事なまでの融合を果たしています。
Marcos Valle/escape (2001)
 「nova bossa nova」でUKアシッド的ボサノヴァとも言えるスタイルのアルバムを発表し、さらに本作でシンガー・ソング・ライター・アレンジャーとしての「完全復活」を告げた感のある作品となりました。より歌の部分を重視して、クラブ受けというよりさらに広い視野で21世紀のボサノヴァを表現しているようです。とにかくこのメロディーラインがいいですね。
Marilyn Scott/dreams of tomorrow (1979)
 メロディーの良さもさることながら、このとてもサービス満点の凝ったアレンジが嬉しくなってしまいますね。ラッセル・フェランテの全面的バックアップを得て、ソフト・フュージョンファンにも喜んでいただける内容となっています。キーボードやギターのソロ・パートが多く、単にマリリン・スコットの歌だけでなく、音を楽しんでくださいと言ういかにも70年代的サウンド。この時代は本当にアーティストサイドのアルバムへのこだわりが強く伝わってくるものが多いですよね。あっという間に一枚聴き終わってしまいます。
Marilyn Scott/without warning (1983)
 前作に引き続きラッセル・フェランテのバックアップのみならず、イエロージャケッツの面々(J.Haslip R,Ford R,Lawson)が全面的にバックアップ。特にジミー・ヘイズリップの曲作りにまで参加している所はこのスタイルのアルバムとしては貴重!前作よりも録音が良くなり、ヒット性の高いナンバーを収めています。逆に、セッション的な楽器のソロ・パートが薄れたのは残念なところですが、あくまでも彼女が主役なんですからこれで正解なのでしょう。なるほど、ギターを中心とするインストルメンツとプロデュースはマイケル・センベロ。極上のAORアルバムに仕上がっています。
Mark Colby/one good turn (1979)
 ボブ・ジェームス主宰のタッパン・ジーレーベルから発表された当時の新進サックス奏者の2ndアルバム。ゲイリー・キング&スティーヴ・ガッドのリズムにエリック・ゲイルやスティーヴ・カーンのギターと、NYサウンドの中で主役のMコルビーもなかなか表情豊かに吹いています。それでもSカーン作の「macbeth」、マイク・マイニエリのヴァイヴが目立つ「peace of mind」など、いかんせんバックの力に頼りすぎている所がアーティストとしてその後名を残せなかった要因の一つでしょうか。
Mark Douthit/groove (2002)
 ど・がつくくらいの典型的スムース・ジャズ・サックスアルバム。とにかくなーんも考えずに気持ちよく流したい時にはうってつけの音ですね。ジノ・ヴァネリボビー・コールドウェルなどおなじみの名曲カヴァーが多く、確かに個性に乏しいアーティストだけにこの選曲は大変ありがたい。ソプラノからバリトンまでサックスなら何でも吹いちゃうようですが、基本に出す音はアルトです。grooveとタイトルする通り音はグルーヴする上質のBGMフュージョン。これも湾岸クルーズ・アルバムとしてピッタリ。
Mark Soskin/rhythm vision (1980)
 後に正攻法のビバップ・ジャズ・ピアニストとして活動するようになるマーク・ソスキンのファースト・アルバム。ここでは時代の要請からかフュージョン作となっているが、同系のアルバムでサポート・ミュージシャンとしてレコーディングしていた時期でもあり、ジョー・サンプルの向こうを張るようなアコースティック・ピアノのソロを中心としたスリリングなフュージョンに仕上がっている。なにしろドラムスはハーヴィー・メイソンだからテクニカルなジャズ系フュージョンにはカチッと嵌る。ライヴで体感したくなるような硬さのある快作だ。
Mark Whitfield&JK/soul conversation (2001)
 ジョージ・ベンソン、ウエス・モンゴメリーらセミ・アコースティックのギタージャズに影響を受けたというマーク・ホイットフィールドの純粋なギターアルバム。もう一人のギタリストJKとのコラボレーションでクールなギター・デュオサウンドが聴けます。ハービー・ハンコックがキーボード・ソロを取っている曲が数曲あり、聴き応えのあるスムース・ジャズですね。
Marlena Shaw/who is this bitch, anyway? (1974)
 説明不要の大名盤。様々なタイプの曲が並びつつも、一枚が愛の物語になっている、統一された完璧な構成。ジャパニーズ・ポップを含めポピュラー・ミュージックに大きな影響を与えたアレンジメントのお手本。表情豊かなフレーズのひとつひとつに、思わず「巧い!」と唸らされるマリーナ・ショウのヴォーカル。そしてなんと言っても引き立て役でありながら主役と同等の存在感を放つ珠玉のバッキング…とついつい説明をしてしまう。特にデヴィッド・T・ウォーカー、ラリー・カールトン、デニス・バディマーらのギター陣が良い仕事をしていますね。さらに、忘れてはいけないのがプロデューサーであり、本作の重要な曲の提供者でもあるベナード・アイグナーの存在。彼が居なければ“loving you was like a party”や“you been away too long”は無かった、いや、この完成されたアルバム自体が存在しなかったでしょう。
Marvin Gaye/I want you (1976)
 私はひねくれ者ではナイ!でも、マーヴィンと言えばこのアルバムなのです。賛否両論あるようですが、どうやらマーヴィンのファンとしては許せない人が多く、音楽好きには絶賛に値する作品であると、そもそもそういった次元で賛否が分かれているように思います。私は純粋にひとつの音楽作品として捉えた場合、とても良く出来たアルバムだと思うのですが、あなたはいかがでしょうか。
Marvin Gaye/here,my dear (1978)
 自分の離婚についてアルバムにしてしまったと言う、とても恥ずかしい事をやむを得ずやってしまったその度胸と決断に拍手。赤裸々に綴ったそんな私的な作品を、世間は高くは評価しなかったようですが、「涙の向こう側」がとてももの悲しく、良い曲だったので私は許します。
Marvin Gaye/I want you +17 〜DELUXE EDITION〜 (2003)
 「いわくつき」だなんだと言われながらも、逆に崇拝者も多いこのアルバムがめでたく2枚組のデラックス・エディションとなって再登場されました。リオン・ウエアが生み出した素晴らしいメロディーとアレンジに愛を歌ったら右に出る者がいないマーヴィン・ゲイの表現力が加わり、初めて送り出されたのが27年前の事。こうやって今回アウトテイク集の一枚を含めたデラックス・エディションが発売されるとは、まったくもって嬉しい限りです。一枚通じて共通のコンセプトを持ち、まったく雰囲気が変わる事無く最後まで流れていく作りのアルバムっていうのはそうそうお耳にかけられるものではありません。なんといってもオリジナルでは1分たらずのインタールード的に挿入されていた「I wanna be where you are」のフル・バージョンが収録。未発表曲も3曲。2枚目は別バージョンの「I want you」が聴けるわけです。英語の読めない人はライナー和訳付の国内盤の購入をおすすめ。このアルバムにまつわる話やリオン・ウエアとマーヴィンのやりとりなど細かく知ることができ、ひとつの映画と制作ドキュメントを見ているようです。
Mary J Brige/shere my world (1997)
 黒人POPも女性シンガーを中心にだいぶ日本で市民権を得てきたところで、FENDIの真っ白なサングラス(こんなん日本人は誰も掛けられない!)がインパクトのあるジャケ写に引き寄せられて思わず買ってしまいました。イマドキなブラックにも手を出してみようかな、と。ラップもありありでかっちょ良いですぞ。
Matthew Larkin Cassell/pieces (1977)
 毎度の事ながらこういった自主制作盤やマイナー・レーベル系の発掘シリーズと言うのは眉唾モノが多く、所詮はメジャーには相手にされず細々と活動していたミュージシャンの産物以外の何者でもないブツである事も多いのですが、このアルバムは曲のセンスはなかなか、録音状態も悪くはなく、マシュー・ラーキン・カッセル自身の程よく脱力したヴォーカルにギターと鍵盤、それにベースとドラムスを加えただけと言うシンプルな構成でなんとも陰と陽を良く絡めたメロウ・グルーヴを完成している。逆に捉えれば総体的なショボさは否めないのだが、アレンジメント・アイディアの飽和した今だからこそ70年代に原点回帰したいリスナーには癒されるのではないかなと。しかし、“in my life”後半みたいな意外性のある展開って、日本人大好きだよね。
Maurice White (1985)
 EW&Fの壮大なイメージから離れてちょっとカジュアルに作られたソロとしてはワン&オンリーアルバム。ただ、やはりこの人のことですから、サウンドはカラフルで手の込んだ作りになっています。「stand by me」のカヴァーはアップナンバーながら、当時「辛い時でも落ち込みながら歌える明るい曲」という珍しいパターンとして愛聴していました。
Max Middleton & Robert Ahwai/another sleeper (1979)
 時代の産物なんてミもフタもない言い方をされてしまうのかもしれませんが、英国ソウル/ジャズ/ロック・シーンの中心人物であった二人が「ついに」タッグを組んで作られた唯一のアルバム。第二期ジェフ・ベック・グループ〜ハミングバード、そしてゴンザレスの頃のような音からの印象だと少し軽く甘い、それこそ「フュージョン・ミュージック」になっていますし、派手な演奏力に眼(耳)がいきがちだったその当時ではけっして傑作どころか佳作としても評価が難しいところの作品であったかもしれません。確かにそのかなりアメリカナイズされた心地良さは、荒削りながらも独創性豊かな英国人によるファンキー・ロックの解釈が個性となって輝いていた以前の活動から比べると拍子抜けしてしまう内容なのでしょう。そう、確かにロバート・アーワイのギターはおとなしすぎる。しかし、ある程度落ち着きの出てきた今の耳で聴くとアルバム随所ににじみ出てくる音楽センスのレベルの高さを感じさせるフレーズやアレンジが思わず「くー、ニクイ!」と言わせてしまう、そんなアルバムだったりします。やはりこれは全8曲中6曲を作ったマックス・ミドルトンの力が大きいんだろうなぁ。この人のソロは本当にいい味。さりげないんだけどやって欲しい事をちゃんとやってくれる。職人ですね。いや、アルバム最初を飾る“dance by the light of the moon”で当時では一番のスター・プレイヤーであったジョージ・ベンソンとリー・リトナーを足して割ったようになっちゃってるR・アーワイも微笑ましかったりするのですが。
 二人の他はリチャード・ベイリーのドラムとクマ・ハラダのベースというゴンザレス・リズムがしっかりと音を固めてくれていて、カラフルかつ、成熟した味わいを持つこのアルバム、駄作と感じて封印していた方も改めて聴き直してみてはいかがでしょうか。
Maxine Nightingale/lead me on (1979)
 70年代後半に何枚かアルバムを出していた英国のレディ・ブラックシンガー。現在CDで手に入るのはこの作品だけのようです。が、これが「RAZOR&TIE」なるアメリカのレーベルからのディスクなんですが、音が悪すぎ。スピーカーから出た音をマイクで拾ってラジカセでテープ録音したような・・・と言ってわかってもらえるでしょうか(笑)。ホワイトノイズも多いし。音は時代のディスコ調が中心ですが、かつてEPOが日本語版で歌っていたレイ・パーカーJr.作“the girl in me”のオリジナルが聴けるだけでも価値はあるかも。オリー・ブラウン、エド・グリーンらのドラムスに前述レイ・パーカー、ラリー・カールトン、マイケル・ボディッガー、デヴィッド・ハンゲイトなどアメリカの一流バッキングが揃っているのに、この音質は泣ける…。
MAXUS (1981)
 マイケル・ランドゥ、ロビー・ブキャナンジェイ・グラスカらがメンバーのLAポップAORバンド。唯一この作品だけで解散。ロック色が強めですがTOTOより爽やかな曲質をしています。と、思ったらプロデュースはマイケル・オマーティアン。なるほど納得です。ポップロック的AORが好きな人にはおすすめ。当時は話題になりましたが二番煎じ的なイメージが強く、質はいいのにそれほどのヒットにはならなかったようです。
MAXWELL/embryya (1998)
 とてもエロい歌声です。ブラックのカテゴリーに入れていいのかわからない、良くわからん人なのですが、「90年代のオルタナティヴ・ニュー・クラシック・ソウル」と、これまた良くわからないカテゴライズをされているようです。夜、灯りを消して聴くと・・・・・そのまま寝ちゃったりして。
MAZE featuring Frankie Beverly/golden time of day (1978)
 セカンドアルバムにあたるメイズ初期のスタジオ作品。バンドとしての音もまとまりも80年代に入ってからのほうが良いのですが、このチープなギターの音を中心とした雰囲気もこれはこれで面白い。本当にストレートなソウルバンドでありヒネリの必要の無い70年代前半ソウルをそのまま70年代後半ソウルに引き継いだというか、古臭くもないし新しくもない。素直な方々です。
MAZE featuring Frankie Beverly/joy and pain (1980)
 80年代に入り最初に発表されたのがこの作品。音もかなり洗練されてきてタイトル曲はこのバンドそのものを表現するほどの代表的なナンバーに。今後の方向性を決定づけたとも言えるべき作品であり、これぞ、メロウ・グルーヴソウルの決定打(こんな車内吊り広告的な言い方もピッタリな庶民的サウンド)と言えるでしょう。フランキーのスウィートな歌声はもちろん、一曲目の出だしのような工夫を凝らしたアレンジにも感じられる通りバンド全体のまとまりがとても良い。安心しておすすめの一枚です。
ホームページがあります→http://www.mazemuze.com/
MAZE featuring Frankie Beverly/live in New Orleans (1981)
 70年代からマーヴィン・フォロワー的なフランキー・ビヴァリーのヴォーカルを中心に地道なバンド活動を行っているメイズの、これは初期の頃におけるライヴ盤。代表作「joy and pain」を初めとする初期ベストのライヴが堪能できる一枚です。その良質なソウル・サウンドとはうらはらに日本国内ではすべて廃盤となっている彼ら。確かに他に影響をあまり受けず与えず、自己完結型の音楽活動をしてきたミュージシャンというのは、強烈な個性がないと受け入れ難い存在なのかもしれません。しかし、個人的にはわき目をふらずそのスタイルをかたくなに守り続けているところが大好きなバンドのひとつでもあります。ラスト4曲のスタジオ録音もイイ。
MAZE featuring Frankie Beverly/can't stop the love (1985)
 1985年頃と言えばもうすでにアメリカの音楽界ではビジュアル面を重視した展開がなされていて、ブラックもそんな流れに沿ったアーティストがどんどん出てきた時代ですが、そんな中、地味にバンドサウンドでソウルしていたグループの一つがこのメイズでした。当時の音楽的変化がどうしても馴染めなかった私にとってはこのアルバムの存在が嬉しかったものです。音はとても洗練されていて、AORにも近い仕上り。ブラックながら、試しに近くの海岸をドライヴしながら聴いてみたら、妙にピッタリ合っていたのには新しい発見でした。
MAZE featuring Frankie Beverly/silky soul (1989)
 「シルキー・ソウル」という言葉にカテゴライズされたり形容詞として使うのはこのグループのためにあると言っても過言ではないでしょう。まさにドンピシャなタイトルをつけてもらったと思ったら、その1曲目にあたるタイトル・ナンバーは恩人であるマーヴィン・ゲイに捧げられたものでした。確かにこれはlately '80sのホワッツ・ゴーイン・オンであり、後半のアレンジは原曲をサンプリングしている徹底ぶりです。しかし個人的には2曲目からがメイズ、そしてフランキーの本領が発揮されたナンバーと言いたいところ。さらに洗練され、うまく時代に溶け込みながらも王道のソウルをかたくなに続ける稀有なグループ。ランディ・ジャクソンやリッキー・ローソンなどスタジオ系プレイヤーも参加しています。

MAZE featuring Frankie Beverly/back to basics (1993)
 時代が変わっても、このアルバムタイトルそのままに生楽器をしっかりと使い、ベーシックなソウルを続けて行く姿勢がいいですね。メイズと言えばライヴ。必ず「ライヴでやれば盛りあがり」系の曲をアルバムの中で一曲は入れてくれるのですが、ここでもイントロのアレンジがカッコ良いしょっぱな一発目の曲や、スムース・ソウルとでも言うべきナンバーが収められています。 
MAZE featuring Frankie Beverly/live in Los Angeles (2003)
 個人的にはどちらかと言うとオリジナル曲に興味があるのでライヴ盤っていうのはほとんど持っていないのですが、このMAZEはライヴを持っていたほうがいいです。これはスタジオ録音された曲のボーナストラック付きであらためて2枚組みとなって去年再発されたのですが、ライヴ自体は1986年に行われたもの。ほぼベストといえる選曲で気持ちイイです。なにしろ最初と最後のアナウンス、「メイズ! フィーチャリング! フランキー! ビヴァリー!!」「メイズ! メイズ! メイズ!!」のアメリカ的連呼から、オーディエンスのバカおお騒ぎといい、メロウなグルーヴ感溢れるスイート・ソウルに会場の盛り上がりが良く伝わってくるんですね。確かにもしその場に居たとして、「too many games」のイントロなんか流れ始めたら俺だって「ウォォォォーッ!!!」ですよ。DVDも出ているようでこれは買おう! 決めた! アメリカン・ソウルの王道ライヴ、これは本場に行って現地の人と一緒に観てみたいバンドですね。
THE McCRARYS/on the other side (1979)
 ゴスペルで鍛えられた歌唱力で数々の有名アーティストへのバッキング・サポートを続けてきた男女4人組マクラリー・ファミリーによる4thアルバム。ポール・ジャクソンJr.やグレッグ・フィリンゲインズ、ネイサン・ワッツやジェームズ・ジェマーソンJr.など西海岸プレイヤーと米ブラック/ソウル界で活躍する名バッキングに支えられているのもこのマクラリー・ファミリーへの信頼とともにプロデューサー、トレヴァー・ローレンスの力によるところも大きいだろう。そんなデジタル時代前のすべて人の手による音、レトロではなく、かといって新しくもない、程良く70年代後期感に満ちた温かみのあるAOR交じりのソウルが本当に心地良い。安定のコーラス・ワークとともに楽曲ひとつひとつを丁寧に歌い上げる彼らの姿勢から生まれるべくして産まれた、これは隠れた名盤と言えそう。
THE McCRARYS/all night music (1982)
 ウエイン・ヘンダーソンのプロデュースによる本作はこれまでよりもさらにキャッチーな楽曲を並べている。ヒット・チャート狙いアリアリの意識が見える作りだがガッチリと掴みかかってくるキラー・チューンが無く全体として小粒な印象だ。しかし下積みの長い実力派揃いのファミリーだけに歌の巧さでそこはしっかりカバーしているので聴き流しには十分な内容。ヴォーカル・ユニットらしくコーラスワークを活かしたゴージャスなナンバーが中心だが、個人的にはそれと対照的な“for you”やラストを感動的に締める“Miles above”らのクールな曲調につい注目してしまう。地味なようで、それだけ内容は作りこまれていると言う事です。
Melissa Manchester/singin' (1977)
 ソングライターとしての力もさることながら、歌唱力も負けず劣らずの彼女がオリジナル1曲を除き全てカバー曲や他のアーティスト作だけを集め「唱いまくった」一枚。それがまたネッド・ドヒニー&ハミッシュ・スチュアート、ジェーム・テイラー、スライ&ファミリーストーンなど渋い選曲ばかり。中でも後に公私共パートナーシップを持つこととなるリオン・ウェアの名曲“I wanna be where you are”のカヴァーがこのアルバムのグレードを高めていますね。(トニー・レヴィンのらしくないベース・イントロがまたいいなぁ) 楽曲の良さと確かで暖かみのあるバッキングとアレンジ、そしてもちろん彼女の歌によって音楽が一番音楽していた、素晴らしい時代を感じるひとときが過ごせます。
Melissa Manchester/don't cry out loud (1978)
 かなりグルーヴィー。と、言うのもこれはリオン・ウェアプロデュース、バックもC・レイニー、G・ギャドソン、デヴィッド・Tなどなど所謂「王道バッキング」でかためられた作品という事で有名。スティーヴィーのカバーなどもありますが、ほとんどが彼女自身の作による曲構成というのが嬉しい。中でもリオンと共作した「almost everything」はメロディー、アレンジにおいてすべてリオン節とも言えるナンバー。メロウネスを追求する黒人アーティストが白人女性シンガーソングライターをプロデュース。そんな融合感が心地良い一枚です。
MESSENGER/bringin' the message (1978)
 CCMの世界でジャズ&ソウルをベースに音楽表現を行った最初のバンドと言われた、メッセンジャーのこれは2nd。シーウインド・ホーンズとシド・シャープのストリングス加わり1stよりも音の巾が広がった。特にいかにもデビュー間もないシーウインドの1stや2ndの雰囲気にそっくりなジャズファンクたっぷりの“pressin'on”やジョージ・ベンソンばりのスキャットとギターとのユニゾンが聴ける“I still love you”や“changing me”は一転ヴォーカル部分になると日本人にも馴染みやすいメロディアスな展開になりおすすめなナンバー。Jesus色も薄れたこのセカンドがなんといってもここをご覧のみなさまにはピッタリかと。
Michael Gonzales/fire in my soul&mountaintop[2in1](1999)
 1980年と83年にマイナー・リリースされたCCMアーティストの2in1CD。手がけたのはやはりCCM界からデビューしその後メジャーでも活動を知るようになるデヴィッド・ディッグス。CCMとは言えども崇高過ぎるところはなくM・ゴンザレスの品の良い歌とメロディーにソフィスティケイテッド・アレンジが心地良いAORの良盤。まぁ、すべてがどこかで聴いたことのあるような既聴感のあるところはいたしかたの無いところか。ビル・チャンプリン作のナンバーはまるでそのまま、ですね。
Michael Henderson/goin' places (1977)
 マイルス・デイヴィスの70年代数作にレコーディング参加し、ノーマン・コナーズの「you are my starship」によりコナーズお抱えヴォーカリスト/ベーシストとなった彼のソロ2作目。デビュー作「solid」ではソウル&ファンクを軸にしつつもインストルメンタルでベーシストとしての面も前に出していたが、今作で完全なソウル・ミュージシャンとして方向性を固めたようだ。しかしながらハービー・ハンコックの参加が効果的なムーディー・ミディアム“let me love you”など音の完成度はさすがジャズ・ミュージシャンと行動を伴にしていたところの現れか。ハイライトはロバータ・フラックとのデュエット“at the concert”。エモーショナルに盛り上がって行くメロディーラインからキメのサビにリフレインする絶妙な抑揚感といい、渋いフェンダー・ローズ、そしてマーカス・ベルグレイヴスによるマイルス風のトランペットが入る後半のアレンジといい、デュエット・ナンバーとしては個人的に五指に入る名曲。
Michael Henderson/in the night time (1978)
 マイルス・デイヴィスのアルバム・レコーディング参加によりその名を広めたプレイヤーは数多しとは言え、この人は単なるベース・プレイヤーからノーマン・コナーズと活動を共にした70年〜80年代の間、N・コナーズがジャズからソウルの世界に移行していく上でその渋い喉を生かしてソウル・ヴォーカリストとしても才能を開花させて行った。それとともに自身もソロ・アルバムを製作することになりますが、この3rdはさらにソウル色を強めて行く事に。良い意味で洗練されすぎない、ブラック演歌的な泥臭さも残したアルバム。これはM・ヘンダーソンの熱く・濃厚なそのヴォーカルから印象づけられるものなのでしょうが、やはりマルチ・プレイヤーらしい細やかなセンスが光るアレンジメントとメロディー・ラインが凡百のB級ソウルとは一線を画す。
Michael McDonald/if thats what it takes (1982)
 良くも悪くもドゥービー・ブラザースを振りまわしたマイケル。出るべくして出たソロアルバムでした。本来はドゥービーに参加せずに最初からソロとしてアルバムを出していたほうが良かったのかもしれませんね。どこにいても彼は彼で、この歌声があれば充分なのです。JポーカロやSルカサーも参加していますが、なんとスティーヴ・ガッドがほとんどの曲を叩いているのが驚きです。
Michael Omartian/white horse (1974)
 70年代から90年代に掛けてプロデュースやバックプレイヤーとして名作、人気作の影の立役者として活躍した彼も自身のリーダーアルバムでは女房Stomieと二人三脚で地味にコツコツ作品を出していたのでした。これは白馬のジャケットで有名な1st。ギターはラリー・カールトン&ディーン・パークスの二人が参加。CCMらしい清廉な曲もありますが、結構ファンキーだったりする所は意外。

Michael & Stormie Omartian/mainstream (1982)
 これは思いきり真っ白なサウンドで好き嫌いが分かれるでしょうね。私はどっちかというと苦手だなあ。ここではStomieの清らかなヴォーカルをフィーチャーしたりしてさらに美しい世界に。「come and give it all you got」のようなテクニカルで跳ねるようなアレンジがこの人らしいですね。Philip BaileyやBob Wilsonなんてそれらしい人と共に結構バックは豪華なんですが‥。バックサポートではなく個人的作品としては、CCMの世界であくまでも夫婦のアルバムにこだわった人でした。
Michael Ruff/once in lifetime (1984)
 ジーンズにナイキのスニーカー。語呂を合わせたかのような「ラフ」なスタイルのジャケット写真で、音も休みの日・日曜の朝にでも聴くとドンピシャな感じ。84年というAOR衰退後に発表され、その中で埋もれてしまったアルバムとしては惜しいというかもったいないほどの完成度の高さです。トミー・リピューマのプロデュースがいぶし銀。ジワジワと染み渡ってくるマイケル・ラフのメロディーラインが心地よい。バックミュージシャンもいい仕事していて、「love go round」ではあの「aja」を彷彿とさせるスティーヴ・ガッドのドラミングが聴けます。
Michael Sembello/bossa nova hotel (1983)
 この人の名前を意識したのはやはりジョージ・デュークのアルバムでギタリストとして参加していた時だったかなぁ。「from me to you」(1977)ですでにクレジットに顔を出していましたが、それからあまり参加アーティストを気にしていなかった(それよりも曲が良すぎて)スティーヴィーの「キー・オヴ・ライフ」(1976)に名前を見つけた時は「あらっ。けっこうヤッてるじゃん」と。そんな人がこんなアルバム作っちゃうんですからね。MTVでも良く流れ大ヒットした「マニアック」を見た時は同名別人でしょ?と思ったほど。このアルバムはその問題作も収録されていますが、全体では大変質の良いアメリカンAORに仕上がっています。このカテゴリでは名盤と言えるでしょう。
Michael Sembello/without walls (1986)
 86年という微妙な時期にマイケル・センベロはどう勝負してきたか。すでに“マニアック”で表舞台に立つと言う事はどういうことかを知った彼にとっては、その勝負の仕方も充分心得ていたのでしょう。のっけから'80sビートの嵐に飛ばされそうになりますが、それはあくまでも表面的なもの。メロディー・ラインや手の込んだアレンジを意識して聴いてみれば、彼の音楽的才能がジワジワと伝わってくるのです。堂々と時代に乗ったものでありながら、けっして陳腐にならないところがさすがな80年代ポップの傑作。盟友スティーヴィー・ワンダー、ハーブ・アルパート、ボビー・コールドウェル等の参加も嬉しいですね。
Michael White/white night (1979)
 最近では「プネウマ」等のスピリチュアル・ジャズ期アルバムがCD化されているヴァイオリニストの「愛すべき駄作」。ジョージ・デューク・プロデュースによる「the X-factor」ではファンク〜ジャズロックありの良質クロスオーバーだったのですが、ここでのプロデュースはついにウェイン・ヘンダーソンに。この頃のW・ヘンダーソンはビリー・コブハムの「B.C.」といい、ジャズ・ミュージシャンを無理やりソウル・フュージョン化させてしまうことに躍起になっていたようで、時代の流れからそれを推し進めていたレコード会社の意向もあるとは言え、本人のアーティスト性からはかなりギャップ感のあるPOPな作品を乱発してプロデュースしていた時期でした。しかしここではb,ds,g,keyのみの比較的シンプルなバンド構成をとっていて、あまり大袈裟にエンターテイメント性を押し付けていないところは良いかな。ヴォーカルが入ってしまうのでやはり全体的には軽い仕上げになっていますが、しっかりとM・ホワイトのヴァイオリンソロもありそれなりに「意味のある」内容。絶対的にCD化などありえない安っぽさはあるのですが、一曲目のいきなりの”get back“や”リキの電話番号“などカバー曲もあったりと、この頃の音に親しみのある方には許せるアルバムではないかと。フリーソウル〜クロスオーバーのコンピレーション作りには良いネタがあるかもしれません。
Michael Wycoff/come to my world (1981)
 クローン、とまではいかないけれど、その節まわしやヴォーカルがとことなくスティーヴィー世代だなぁ、と思わせる彼の1st。実際にあの「キー・オヴ・ライフ」にヴォーカル参加していたと言うのだからホンモノだった。一部共作もあるが曲作りはすべて自身が手がけ、ピアノもプレイしてしまうと言うマルチ・プレイヤー。そういったアーティスト特有の起伏と抑揚のある凝ったアレンジがなんとも良い味わいであるが、冷静に見ればとても70年代的で、ちょっと出てくるのが遅かった。しかし、タイトルナンバー、カッコいいわぁ。
Michael Wycoff/love conquers all (1982)
 Bob Mannのアレンジがかなり影響していたとはいえ、売れ筋とは少し距離のあるアーティスティックなソウルであった前作から一転、1stでもサポートしていたウェブスター・ルイスがプロデューサーとなりシンプルで万人に受けるブラック・コンテンポラリーを追求するようになった2nd。70年代から80年代に移る境目がここにも。W・ルイスは自身でもブラック・アルバムを作っていた時期でもあり、アップ、ミディアム共にツボをおさえた音作りはさすがの一言の、A級BCM。ジェームズ・ギャドソンは全面的に叩き、要所要所でデヴィッド・T.、アル・マッケイらがさりげなく持ち味を出しているのも嬉しい。
Michal Urbaniak/fusion (1974)
 ポーランドのエレクトリック・ヴァイオリニストが74年に発表したその名の通り“融合”アルバム。しかしまだ商業指向が強くなってしまったフュージョンと言うより、アーティスティックで創造的なジャズ・ロック時代の音でありつつ、どこか暖かい雰囲気をもっているところが面白い。おなじみウルシュラ・ズディアックのスキャットも全開で他のグループ・メンバーもアメリカではなくヨーロピアンで固めているのも個性豊かですね。キワモノすれすれですが楽しカッコ良し。
Michal Urbaniak/ecstasy (1978)
 ポーランドが生んだジャズ・ヴァイオリニストの怪人がヴォーカルをフィーチャーしたグルーヴ・ソウルに挑んだ異色作。バーナード・パーディの骨太なリズムに乗ってブラック・ミュージックをたたみ掛けてくる曲構成は痛快の一言。特にKENYATTAなるヴォーカル・グループのキワモノ的コーラスがウルバニアクの変態性とマッチングして、単なるソウルとは一際違った面白味を持たせている。彼らとカルヴィン・ブラウン、そしてお馴染みワイフのウルスラがそれぞれヴォーカル・パートを分担。ブラックとヨーロピアン・ジャズとが“FUSION”し突然変異を起こした、特異性の強いサウンドながらも何故かソソられてしまう病みつき系の一枚。
Michel Berger/dreams in stone (1982)
 D・ハンゲイト、J・ポーカロ、S・ルカサーらTOTOのメンバーと、バジー・フェイトンやロベン・フォードまで参加しているので何かと思って買ってみたら、とっても白いフュージョン作品でした。かと言ってテクニック的に聴かしどころがあるわけでもなく、徹底した白人向けBGM系アメリカン・ミュージックです。本人はフランスの人らしいですが。個人的にはちょっと苦手な部類ですね。これは。
Michel Colombier (1979)
 フランスのピアニスト/作曲家であるミシェル・コロンビエがアメリカのそうそうたるミュージシャンと共に製作したフュージョンアルバムがこれ。サウンド的には同時期だったこともあり、深町 純&ニューヨーク・オールスターズに共通したゴージャスな雰囲気がありますが(ドラムはスティーヴ・ガッドとピーター・アースキン)ここでのギターはリー・リトナーとラリー・カールトンが弾いています。そして、なんといっても全11曲中8曲とほとんどの曲でジャコ・パストリアスが参加しているというのも面白いですね。ここでもかなり存在感があり、ジャコの参加セッションとしては音楽的にも異例の事ではなかったのでしょうか。
Mike Mainieri/loveplay (1977)
 白人らしい品のある音で同じヴァイヴ奏者でもロイ・エアーズとはまた違ったフュージョンを聴かせてくれる、当時としてはかなり人気のあったアルバムです。後にステップス、ニューヨーク・オールスターズ(深町 純)のリーダー的存在として活躍した彼のソロ代表作。デビッド・スピノザジョン・トロペイのギターにデビッド・サンボーンなどNYフュージョンの真髄を堪能できます。ウォーレン・バーンハート(key)が地味ながらいい味付け。ホール&オーツ「サラ・スマイル」のカヴァーとタイトル曲がハイライトですね。
Miles Davis/tutu (1986)
 ジャズ界の帝王が、当時としては新しい才能であったマーカス・ミラーと出会い、80年代のマイルスを位置付ける創造を行った。そこに展開されるのは紛れもなくマーカス・ミラーの音世界の中に堂々君臨する帝王の姿であり、どちらが強いと言うわけではなく見事な融合がなされている。新しい才能を見出すと言う点では、かつてはジョン・マクラフリンであり、ジョー・ザヴィヌルでありチック・コリアであったのですが、ここではサウンドを形づける大きな存在としてのM・ミラーがその影響力を放っている所が素晴らしい。ジョージ・デュークが1曲プロデュースしていて、リズム・プログラミングのテクノロジー・サウンドな中でマイルスを歌わせると言う大胆な手法を行っている所が興味深かった。マイルス晩年の記録として代表的なアルバム。。
Miles Jaye/miles (1987)
 単なるブラック・コンテンポラリーシンガーと思いきや、実はこの人ヴァイオリンも弾ける人なんですよね。内容的には80年代の典型的ブラコンです。ミディアムスロー系が多いかな。一曲目はロイ・エアーズがヴァイヴを叩いていますよ。
Miles Jaye/strong (1991)
 音は典型的なブラコンの類なのですが、今回はさらにヴァイオリンも含めて曲もアレンジも、リズムの打ちこみ、キーボードもこなすマルチアーティストしちゃってます。フュージョン系ブラコンともとれて、どちらに紹介するか迷ったのですが、どちらかと言うとこっち寄りですので載せて見ました。
Miroslav Vitous/magical shepherd(1976)
 イメージ的にはミロスラフ・ヴィトウスと言うとまず有名な初期ウェザー・リポートのベーシスト(これがまた少し苦手)で、しかも白人(チェコ出身だそうです)、これまた苦手なECMで活動、家には60年代にロイ・エアーズがどジャズ・スタンダードを演っている中でなんのことはないベースを淡々と弾いていた、というLPが一枚あっただけでいまいち食わず嫌いな人でしたが、これはかなりジャズ・ファンクしていてヨイですぞ。それというのもローズやクラヴィネットで全面的にバックアップしているハービー・ハンコックの力もあるのですがまず感じたのはファンキーさでは小気味良いグルーヴを叩き出すジェームズ・ギャドソンやジャズロック的なナンバーではジャック・ディジョネットのおかずバシバシなドラミングが一番効いているのかも。一曲目の11分にも及ぶ「basic laws」なんてファンクのお手本のような曲。これは夜よりも朝、出勤前の電車の中で音量を大きめに聴くとテンションが上がって意外とハマルかもしれませんね。ジャケット写真もいろいろな意味でスゲーなぁ。本の上にガイコツのせるのやめろよ。
Montell Jordan/this is how we do it (1995)
 イントロ〜1曲目はヒップポップなアレンジになっているのですが、メロディーもしっかりと、歌を聴かせるアーティストなんですね。「closer the doar」では一転して生楽器をバックにルーサー・ヴァンドロス風のソウルになります。いいよ。
Marcus Miller/suddenly (1983)
 新鋭超テクベーシストが鳴り物入りでのデビューアルバム、と、思いきや売れ筋狙いのブラック・コンテンポラリー路線でした。久保田利伸のやはりデビューの頃のような曲調と言ったらわかりやすいかな。(私としては好きでしたが)今の音楽家&ベースプレイヤーとしての彼とは、かなりかけ離れています。彼にとって、封印してしまいたい時代だったのかも知れませんが。
Marcus Miller/murcus miller (1984)
 正直、うわー、つまんなーい。です。ファーストアルバムはそれなりに許せる内容だったのですが、何か、ファーストがそこそこ売れたので、同じように売上を狙ったか、それとも契約の関係で無理やり製作しなければならなかったのか、ダンサブルな打ち込み多用のブラコン・サウンドですが、とにかくつまらないです。本国で全くCD化の気配もないのもうなずける、ちょっと聴いてて疲れる作品ですねえ。
Marcus Miller/the sun don't lie (1993)
 ワーナー時代のブラコン路線から約10年、その間レニー・ホワイトとの「ジャマイカ・ボーイズ」としての活動もありましたが、遅れ馳せながら、と言うか、やっとベーシストらしいアルバムを作ってくれたという感アリの一枚。このアルバムを境に、後の作品も本当に自分がやりたい音楽をやっているようです。初期の作品に(?)が付いていた人も納得。
Marcus Miller/tales (1995)
 しかしまあカッコイイ人ですね、マーカスは。ジャケットのインナーにある彼の子供達がまたカワイイんだこれが。小さいけどリズム感はいいのだろうなあ、なんて意味の無い事ばかり考えてしまいますが。私が密かに気に入っていたEW&Fの「Brazilian rhyme」をカヴァーしてれました。マーカスも同じ思いだったかと思うとウレシくなっちゃいますね。
Marcus Miller/M2 〜power and grace〜 (2001)
 副題に「power and grace」とある通り、力強さと優しさを併せ持つマーカス・サウンドになっています。テクで押すだけの自己陶酔型アーティストが多い中、確かな技術に余裕を感じられ、しかもまず「音楽」を主点に置いた彼のスタイルには毎回ながら共感を覚えます。なおかつ、しっかりとベーシストのアルバムなのです。これですよ。
MTUME/kiss this world goodbye (1978)
 ジェームス・ムトゥーメとレジー・ルーカスを中心とするソウル・ファンクバンド、ムトゥーメ(エムトゥーメイ)の記念すべきファースト・アルバム。J・Mtumeがマイルスバンド出身なのでこちらのコーナーですが中身は完全なBLACKです。「JUICY FRUIT」に比べるとロイ・エアーズライクなオープニングで始まる所なんかfreesoulな部分もありありで、ファンクナンバーもドス黒さ漂うこれぞ70年代BLACK。インストの「love lock」や「the closer I get to you」のような名スローナンバーが収められているのもこのアルバムの価値を高めているところですね。
MTUME/in search of rainbow seekers (1980)
 ファンク・バンドとして完成されたサウンドを感じることが出来る本作。その後このバンド形態の音から進化し、エレクトリック・ファンク名盤「JUICY FRUIT」を発表する流れとなるわけですが、ここではエンターテイメントなソウル/ファンクからメローまで温かみのある音が中心。一曲目の“give it on up”のイントロからMtume/Lucas流ブラック全開。元々はジャズ畑でならしたプロのミュージシャンが作るプロのエンタメ・ソウル。んー、安定感ありますね。


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